00年代の30枚 その2

新年、あけましておめでとうございます。 2010年代はどのような時代になるのか? 分かりませんね。そもそも、00年代がどういう時代だったのかもよく分からない。 しかし、00年代について考えることで90年代がどういう時代だったのかが分かってくる。 10年く…

00年代の30枚 その1

00年代もあと数十分となりましたが、この十年を振り返るにあたりやはり音楽を通して見るのが肝要だと思い30枚ばかり重要な作品を選んでみました。。 順位は付けずに年ごとに選びます。 まずは、2000年から2003年まで。 2000年 D'Angelo 『Voodoo』 (米国) …

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』における絶対に漏らしてはいけない最大のネタバレ

CAUTION! 以下、最大級のネタバレ警報を発令します。 自分はネタバレというのをほとんど気にしませんが、今回のネタバレだけはこれから見る人の映画体験を著しく損なう可能性がありますので、見る予定があって見ていない人は読まないことを強く勧めます。 …

 サンダース大佐の憂鬱

先日の道頓堀川での上半身の発見に続き、下半身も発見されたカーネル・サンダース。一時は、これを綺麗に塗り替えるなどという途方もなく愚かな提案もあったようだが、KFCサイドの意見もあり20年以上の歳月を経て生み出された素晴らしい質感を活かす方向で保…

 隠されていたものの表出

1985年以来、道頓堀川に沈められその姿を見せることのなかったカーネル・サンダースが今日、発見された。桜島も爆発し、これも85年にピークを迎えた活発な火山活動の再開を高らかに宣言するかのようだ。 そして、株価にいたっては85年を通り越し80年代前半あ…

 白洲次郎物語2

今、見た。 何が凄いって、出ないと思っていた小林秀雄がチョイ役で出演。しかも役者が緒形幹太。 小林に昔、「今の役者に秀吉が演じられるわけがない」と大河の豊臣秀吉役を酷評された緒形拳の息子。 実に味わい深いな。 しかし、あんなふうに青山に恐れお…

 白洲次郎物語

今、NHKで白洲次郎のドラマを見た。 白洲正子役はCasa BRUTUSで器を買う女優、中谷美紀といういかにもな配役で、「邪魔する者はぶっ殺します」などと言っていたが、「ぶっ殺す」が口癖だったのは本人もよく覚えていない幼児の頃のことだ。 それはともかく、…

 オバマ、そしてコムロ。

オバマが第44代の大統領の座を確実にした。 小浜市ではフラダンスなどで盛り上がり、「リメンバー・パールハーバー」を世界に発信している。 初の黒人大統領は何を意味するのか(黒人と言っても5割黒人だが、人は見かけが9割なので黒人と言っていいだろう)…

 『AURA ~魔竜院光牙最後の闘い~ 』

今日、銀行で待っているとき女性週刊誌というのを読んだが、その中に注目すべき記事が載っていた。 NHKの朝の連続テレビ小説『瞳』に出てくる、主人公の友達役の女優の父親がIT長者みたいな奴でその財力で娘を出演させているというのだ。 俺は以前から、ヒッ…

 『崖の上のポニョ』

今日、池袋で『崖の上のポニョ』を見た。 面白かったけど、宮崎駿の最高傑作と言われるとどうかな。 やはり、最高は『千と千尋の神隠し』のじゃないだろうか? ただ、意外だったのは手書きのアニメーションに原点回帰だとか言って、もっと落ち着いた作風にな…

 お前とお前はいきものがかり

もう6月じゃないか! 暑くなる前にコトを片付けておこうと高いテンションで働き続けたはいいが、そのテンションが下がらずいろいろ支障が出てきたので落ち着くためにブログでも書いてみよう、そんないい加減な気持ちでブログに向き合っていていいのだろうか…

 エヴァンゲリオン/ヱヴァンゲリヲンにおけるキャラクターズ

宮台真司がラジオでエヴァについて語るのを聴いたのだが、旧エヴァの解釈については概ね同意する。つまり旧エヴァの最も基軸となる点は、人類補完計画という共通の目的を持ちつつもその実現方法におけるゼーレとゲンドウの対立であって、ゼーレはユダヤ的、…

 蜥蜴少女

宛名はもちろん、K−G−V とっても素敵な、K−G−V ところがだ この事実上、米国の支配下にある世界において Kは書けるがGが書けない 何ということだ! しかし、とりたてて騒ぐようなことでもない 小学校4年生がアルファベットを知らないから何だというのか? …

 東浩紀 ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2

ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2 「にょ」への想い それを誰よりも語った男の5年半 しかし、今や「にょ」には沈黙で答える 何があったのかにょ?何もなかったのかにょ? リアリズムは寝ているでじこの蒲団を剥がし半透明のネグリジェを露…

 AKIBABYLON

http://www.oxiare.net/が書籍化するらしい。しかしね、これは大間違いです、こういう方向性は。脱オタクファッションという発想がダメだ。 それは確かにオタクのファッションはヤバいです。この暑いのにアニメイトの前の路上で座り込んでカードゲームとかや…

 ニューアソーシエイショニスト

http://blog.livedoor.jp/takapon_ceo/archives/2005-04.html#20050407 流動性が高いといつでも株式を売買できるから(これは重要なことで、ほとんどの銘柄は流動性が低いので好きなときに売買できないケースが多い)、株式の理論的価値が上がることになる。…

 『文學界』 絶えざる移動としての批評

柄谷行人、浅田彰、岡崎乾二郎、大澤真幸による柄谷の思想を中心としたシンポジウム。NAMの総括もやっているが、柄谷によると自分が海外にいることが多くメーリングリストに依存しすぎて会員同士が実際に会う機会が少なかったのが失敗の第一原因だという。そ…

 Utada 『EXODUS』

Utadaの『EXODUS』日本盤には歌詞の訳と訳者との対談が付いてくる。雑誌のインタビューやTVではどうでもいいようなことしかしゃべらない宇多田だが、この対談ではわりと突っ込んだ話をしている。 その話の中心は、「何でヒッキーはここまでエッチになっちゃ…

 安室奈美恵 『ALL FOR YOU』

HEYで安室奈美恵の『ALL FOR YOU』を聴いた。HIPHOP/R&B系の前3曲とは変わって普通のバラード曲で私としては残念だが、こういう曲が好きという人も少なからずいるので仕方ない。 別に悪い曲ではないのだが、今回のような個性を感じないメロディの曲を聴くと…

 宇多田ヒカル 『誰かの願いが叶うころ』

この曲については、まず第一にメロディーに大きな力があることを言わなければならない。オクターブを上下するような激しい動きのメロディーラインが、細部を切断しつつ全体を繋ぎ合わせるという不思議な構造を可能にしている。伴奏のピアノがこの繊細なメロ…

 東京都現代美術館

東京都現代美術館に、「日本漫画映画の全貌」という日本のアニメーションを草創期から振り返った展覧会を見に行き、同時開催していたフランス周辺の印象派を適当に集めた展覧会、日本と世界の現代美術を適当に集めた常設展、「トーキョーワンダーウォール」…

 『現代思想』 柄谷行人インタビュー

上部構造というかわりに、いろんな言い方がありますね。「共同幻想」とか「想像の共同体」とか「表象」とか。一般に、上部構造を重視する人たちはかつての経済的決定論に反撥したからでしょう。しかし、そういう見方は「経済的下部構造」が何か実体的なもの…

 嶽本野ばら(原作) 中島哲也(監督・脚本) 『下妻物語』

この映画はあらゆる意味で面白かったが、単純に笑えて楽しめるという点だけをとっても庵野秀明の『キューティーハニー』など全く比較にならないくらい良くできている。どんなにバカバカしい作品でも作り手が真剣になっていなければ見る側は楽しめないが、『…

 松田聖子 『MUSIC FAIR21』

MUSIC FAIR21で松田聖子が自らのヒット曲をメドレーで歌っていた。 彼女の絶頂期がデビューの80年から最初の結婚の85年の6年間であることは誰もが認めるであろうが、80年代の前半にシングルを毎回1位に送り込む大ヒット歌手だった松田聖子の存在は日本のそ…

 東京国立博物館 『空海と高野山』

東京国立博物館の空海入唐1200年を記念した展覧会に行ってきたのだが、平日の遅い時間であるにもかかわらず混雑していた。普段現地にまで行っても目にすることのできない当時から伝わる真言密教の仏具を見ることができるとあって関心のある人が多いのだろう…

 Winny問題の本質

福田和也が言うように、ハイデガーが20世紀的問題を考える際に複製芸術の問題が大きかったわけで、複製技術によってシミュラクル商品が回っている中で固有性とか本来性みたいなものをどう獲得するかという問題が、存在者と存在の差異みたいなことに関わって…

 阿部和重 『シンセミア』/OUTKAST 『Roses』

先日、本屋行って『文藝』夏号の阿部和重特集を読んだが結構面白かった。 阿部が言うには『シンセミア』はファンクということだが、これは極めて重要なこの小説の本質である。 阿部の86〜88年頃と思われる学生証の写真も掲載されていて、ちょっと遅れたパン…

 GALLERY OBJECTIVE CORRELATIVE 『岡崎乾二郎の新作絵画展』

柄谷行人 『Transcritique』 道徳的領域はそれ自体で存在するのではない。われわれは物事を判断するとき、認識的(真か偽か)、道徳的(善か悪か)、そして、美的(快か不快か)という、少なくとも、三つの判断を同時にもつ。それらは混じり合っていて、截然…

 宇多田ヒカル 『COLORS』

吉本隆明 『共同幻想論』 わたしのかんがえでは<巫女>は、共同幻想をじぶんの対なる幻想の対象にできるものを意味している。いいかえれば村落の共同幻想が、巫女にとっては<性>的な対象なのだ。巫女にとって<性>行為の対象は、共同幻想が凝集された象…

 否定神学としてのNo.19 あるいは、伝統化するポストモダン

東浩紀が自らの立場を「ゆうゆ原理主義」と称しているが、それについて述べておきたい。 その前に、というかこれが本題に直結するのだが、私は「ゆうゆ原理主義」という言葉を使ったことはない。それは当然のことであって「ゆうゆ原理主義」というのは原理的…