複式簿記の基本的な説明

複式簿記とは何か?

ここではLETSの原理を理解するために、それと全く同じ原理である複式簿記の基本をごく簡単に説明する。
複式簿記とは500年以上の歴史を持つ世界標準の企業会計の記録方式である。複式簿記形式で時系列にそって記録されたものを仕分帳といい、それを内容によって分類したものを元帳という。それをもとに作られた決算書(貸借対照表損益計算書)は、ある時点における企業の財務状況を正確に表わすものであり、銀行や投資家はそれを見て融資や投資の判断しているのである。したがって、複式簿記の発明こそが再投資を可能にし世界的な資本主義を発展させたと言っても過言ではなく、その基本を理解することは金融業者や投資家だけではなく、一般の労働者や消費者にとっても大事なことなのである。
それでは、一般の家計簿などに比べて複式簿記の利点はどこにあるのか?それは、企業会計では現金や普通預金当座預金などが借入金や入金、支払いなどと絡み合い、買掛金や売掛金のように後から支払ったり入金されるものもあるので、家計簿のように一つの要素(現金)を出入のみで分ける方法では複数の帳簿が必要なのに対し、複式簿記の場合、一つの帳簿で全ての取引を記録できるという点にある。つまり複式簿記は多角的な取引を記録できる最も合理的なシステムであり、だからこそLETSにそのまま適用できるのである。

「借方」と「貸方」

複式簿記は一般的には、その企業内部の資産や資本の増減と収益や費用の発生を記録するものと考えられている。しかし考え方によっては、企業自身と取引相手だけで成立する市場(取引相手はその企業とだけしか取引しないと仮定する)の取引記録と見なすこともできるのである。LETSに適用する場合、この考え方の方が分かりやすいので以下はそれに従って説明する。
複式簿記の最大の特徴は一つの取引を「お金を受け取る方」と「お金を支払う方」に分けて、その両方を記録するという点にある(だから「複式」になる)。そして、「お金を受け取る方」を「借方」と呼び左側に、「お金を支払う方」を「貸方」と呼んで右側に記載するのが決まりであって、「借方」「貸方」のいずれか一方に企業自身が、もう一方に取引相手が入る(現金を自分の口座に預金する場合、買掛金や売掛金の場合等、両方とも企業自身になることもある。また、お金を貸す場合も「お金を支払う方」になり「借入金」として貸方に記載される)。ただし、企業自身は「現金」、「普通預金」、「当座預金」などと分類して記載されるが、取引相手は個々の名前ではなく、客の場合「売上高」、仕入先の場合「商品仕入高」などと一括して記載される。
さらに重要な点として、借方と貸方の合計金額は仕訳帳から決算書までの全過程で必ず一致し、一致しない場合は会計の過程で何らかの間違いが発生していることがすぐに分かる。これも複式簿記のメリットの一つであって、この借方と貸方の合計金額の一致こそがLETSの主要な特徴であるゼロサム原理なのである。
説明だけでは分かりにくいので例を挙げる。
亀井商店で10月2日に客が200円のタワシを買った場合の亀井商店の複式簿記の記録は次のようになる。

日付 摘要 借方 貸方 借方金額 貸方金額
10/02 タワシ 現金 売上高 200 200
店(亀井商店の現金)が代金を受け取ったので借方に、客(売上高)がお金を支払ったので貸方に記載されている。
ところで、「借方」「貸方」という呼び方は銀行用語から派生した習慣的な符牒に過ぎないのだが、これをLETS的に考えると、お金を受け取ることは市場(Community)が受け取る側にお金を借りることであり、お金を払うことは市場(Community)が支払う側にお金を貸すことと考えられる。つまり市場(Community)を主体(主語)に考えれば、受け取る側が借方であって支払う側が貸方であることが理解できる。

複式簿記会計の例

ここで、複式簿記による会計の流れをごく単純化した例で説明しよう(買掛金や売掛金のように出金や入金に時間的ズレがある取引の記録ができることは複式簿記の優れた特徴なのだが、ここでは省略する)。

広告会社をリストラされた森君は自らウェブサイト製作会社を作ろうと思い、友人の亀井君に現金で400,000円を2月1日に出資してもらい、もう一人の友人の野中君から100,000円を2月24日に借入れ、銀行口座に振込んでもらった。
こうして社員は森君一人だけの会社「アイテイ企画」が立ち上がり、森君はさっそく商売道具となる150,000円のパソコンを3月5日に購入し、3月13日に近所のチラシ屋さんに50,000円で宣伝を依頼した。
宣伝の効果があったのか、隣町のフィットネスセンター「アオキー」からウェブサイト製作の依頼があり、森君は見事なウェブサイトを作って、アオキーから製作代金350,000円を4月21日に銀行口座に振込まれた。
そして、森君は自分の給与120,000円をアイテイ企画から4月25日に現金で受取り(つまり自分で自分の給料を払った)、銀行口座から4月30日に10,000円を野中君に返済した。

上記の例の会社設立から4月30日現在のアイテイ企画の会計は次のようになる。
まず最初に2月1日から4月30日までの全ての取引を記録した仕訳帳を作る(分かり易くするために色分けした)。


アイテイ企画 仕分帳(2月1日から4月30日まで)
日付 摘要 借方 貸方 借方金額 貸方金額
02/01 亀井 現金 出資金 400,000 400,000
02/24 野中 預金 借入金 100,000 100,000
03/05 パソコン 事務機 現金 150,000 150,000
03/13 チラシ 宣伝費 現金 50,000 50,000
04/21 アオキー 預金 売上高 350,000 350,000
04/25 給与 現金 120,000 120,000
04/30 野中 借入金 預金 10,000 10,000
次にこの仕訳帳をもとに、現金や借入金などの各項目(勘定科目)ごとに口座をまとめた帳簿を作る(総勘定元帳)。

現金(資産)
日付 摘要 借方 貸方 借方金額 貸方金額
02/01 亀井 現金 出資金 400,000  
03/05 パソコン 事務機 現金   150,000
03/13 チラシ 宣伝費 現金   50,000
04/25 給与 現金   120,000

預金(資産)
日付 摘要 借方 貸方 借方金額 貸方金額
02/24 野中 預金 借入金 100,000  
04/21 アオキー 預金 売上高 350,000  
04/30 野中 借入金 預金   10,000

借入金(負債)
日付 摘要 借方 貸方 借方金額 貸方金額
02/24 野中 預金 借入金   100,000
04/30 野中 借入金 預金 10,000  

出資金(資本)
日付 摘要 借方 貸方 借方金額 貸方金額
02/01 亀井 現金 出資金   400,000

売上高(収益)
日付 摘要 借方 貸方 借方金額 貸方金額
04/21 アオキー 預金 売上高   350,000

事務機器(費用)
日付 摘要 借方 貸方 借方金額 貸方金額
03/05 パソコン 事務機 現金 150,000  

宣伝費(費用)
日付 摘要 借方 貸方 借方金額 貸方金額
03/13 チラシ 宣伝費 現金 50,000  

給与(費用)
日付 摘要 借方 貸方 借方金額 貸方金額
04/25 給与 現金 120,000  
次に各勘定科目の貸方と借方を合計し差引残高を計算する(合計残高試算表)。このとき、貸方と借方の合計と残高は必ず一致する。これがゼロサム原理(貸借平均の原理)であり、一致しなければどこかで計算か転記の間違いがあるはずである。

合計残高試算表(4月30日現在)
貸方 貸方 勘定科目 借方 借方
残高 合計   合計 残高
80,000 400,000 現金 320,000  
440,000 450,000 預金 10,000  
  10,000 借入金 100,000 90,000
    出資金 400,000 400,000
    売上高 350,000 350,000
150,000 150,000 事務機    
50,000 50,000 宣伝費    
120,000 120,000 給与    
840,000 1,180,000 合計 1,180,000 840,000
上の合計残高試算表で計算された収益(売上高)から費用(事務機器、宣伝費、給与)を引くと、その期間における純利益が出る。
純利益:売上高350,000-費用合計(150,000+50,000+120,000)=30,000
純利益が確定すればアイテイ企画の貸借対照表(バランスシート)と損益計算書が作成できる。

アイテイ企画 貸借対照表 (4月30日)
資産の部 金額 負債・資本の部 金額
現金 80,000 借入金 90,000
預金 440,000 資本金 400,000
    当期純利益 30,000
合計 520,000 合計 520,000

アイテイ企画 損益計算書 (2月1日から4月30日まで)
費用 金額 収益 金額
事務機 150,000 売上高 350,000
宣伝費 50,000    
給与 120,000    
当期純利益 30,000    
合計 350,000  合計 350,000
貸借対照表の資産の部と負債・資本の部、損益計算表の費用と収益が、共に合計額が一致している。このように、複式簿記会計においてはゼロサム原理がどの場面でも貫かれることで、上の例よりもはるかに複雑な実際の会計でも正確さが保たれるのである。
以上で複式簿記会計の基本的な原理を理解されたと思うが、この原理はLETSにおいても全く変わらない。
「現金」や「宣伝費」といった各勘定科目をLETSの参加者の名前に置き換えるだけで、仕分帳が時系列に沿った取引の全体記録に、総勘定元帳が参加者個々人の取引記録になるのである。
また、LETSには「資産」や「費用」といった区別はないので、貸借対照表や損益計算表を作る必要はないが、プラスの残高とマイナスの残高を左右に分けた合計残高表を作成することで取引の全体状況を把握することができるだろう。
アソシエーショニズム マニュアル その2