市民通貨の基本的な説明

市民通貨の歴史と2つの方式

市民通貨地域通貨)が広く実践されたのは1920〜30年代にかけての大恐慌後の不況の時代である。ドイツ、オーストリアアメリカで広まったが、戦争に向かう時代の中で禁止され廃れていった。しかし、多くの共産主義国家が崩壊し資本主義のグローバリズムが広がった1990年代の始めから、アメリカ、カナダ、ドイツなどで再び注目を浴びるようになり、その数は世界中で増え続け現在では大小合わせて2000以上、日本でも30以上あるといわれる。
このような最近になって広がった市民通貨には大きく分けて2つの方式がある。
一つは国がやっていることをそのまま自分達のCommunityでやってしまおうという単純な方法で、「自分達で独自にお金を印刷し、その発行を管理する」というものである。代表的なものに、アメリカのニューヨーク州トンプキンス郡イサカでポール・グローバーという人が1991年に始めた「イサカアワー」がある。日本における代表的なものとしては滋賀県草津市で1999年に始められた「おうみ」や、大手広告代理店が渋谷で2001年に始めた「r(アール)」という清掃ボランティアと地域のカフェの宣伝を目指した市民通貨もある。
もう一つは、Local Exchange Trading System(地域交換取引制度 略称LETSと呼ばれる方式で、1983年にカナダのマイケル・リントンという人が提唱し実践した。
LETSの他の例としては、ドイツのザクセン・アンハルト州ハレ市(旧東ドイツ)で1992年に始められた「交換リング」と呼ばれているものがあり、日本では千葉市「ピーナッツ」や、苫小牧市の「ガル」がある。
LETSは単純にお金を発行するというよりも、その運用のための会計方法であって一般的な通貨のイメージとは異なる。まず基本的に紙幣の発行はせず、その代わりに参加者は登録制となり、メンバーに登録した人は「通帳のようなもの」を各自が持ち、モノやサービスを買ったらその人の通帳口座に買った金額分のマイナス(赤字)が記録され、売った人にはその金額分のプラス(黒字)が記録される。またその取引は管理委員会のようなところにも同時に記録される。つまり、銀行の預金通帳から直接引き落とされたり入金されたりするような方式で硬貨や紙幣無しの経済活動を可能にするという仕組である。なお最初は誰もが口座ゼロか始めて赤字には利子が付かない。さらにこれが重要なのだが、黒字も赤字も参加者個々人に対するものではなく、LETSを行うCommunityに対するものとなる。だからこそ通貨として機能するのある。
また、この方式の特性上、全ての赤字の参加者の口座と黒字の参加者の口座を合計すると必ずゼロになり、これをゼロサム原理という。
なお、いずれの方式の場合も、その通貨が何を基準にその値を決めているのかという問題がある。LETSの場合は取引する当事者が相対で自由に価格を決められるというのが重要なのだが、その場合でも一応の基準は必要とされる。一般の市場においては商品の需給のバランスによって価格が決定されるわけだが、市民通貨の狭い市場では自立的に価格が決定することは極めて困難になる。
そこでスムーズな取引を考えれば、国民通貨(円)にリンクする形(市民通貨の単位がPだとすると1P=1円)が実用的だと思われ、実際の場合もこのように運用している市民通貨が多いようだ。
また一般的な市民通貨においては、それを循環的に安定して運用するために、国民通貨(円)を市民通貨に交換することは可能なのだが、その逆は禁止されていることがほとんどである。

LETS方式の利点と特性

上で述べたように市民通貨には2つの方式があるが、それぞれに一長一短が存在する。
まず前者の紙幣発行方式の場合、基本的には国民通貨と同じ方式なので誰にでも分かりやすく、取引も簡単で匿名性も守られるという利点があるが、その一方で紙幣発行者が大きな権限を持ち責任も重大になる。もちろん紙幣の発行においてはルールを定めるが、市民通貨の規模が大きくなると管理が困難になってしまう。つまり国民通貨が抱える問題と同じことが生じてしまうのである。また、独自に紙幣を発行する行為は違法と見なされる可能性もある。
後者のLETSの短所としては取引の度に口座記録を行うため手続きが煩雑になり、取引の匿名性も失われる。ただし、パソコンを上手く利用すれば手続きの煩雑さは解決されるだろう。
一方、長所としては参加者がその責任でもって赤字を発行すること(つまりお金を発行すること)で、お金の発行の管理が上手くいかなくなるという国民通貨が抱える問題を回避することができる。また、現在お金を持っていない人でも利子のつかない赤字によって必要なものを得て、将来的に黒字を得られるような仕事を探すという利点もある。
つまり、お互いが助け合うCommunityを構築するという市民通貨導入の目的を考えればLETSの方が望ましいと言えるのである。
ところで、このLETSの特性、すなわち取引が発生するとそれを赤字と黒字に分け記録し、参加者の赤字と黒字を合計するとゼロになるという仕組みは、実は複式簿記の原理そのものなのである。会計に詳しい人ならば理解できると思われるが、黒字と赤字を借方と貸方と考えれば分かりやすいだろう。したがって、LETSのコンピュータプログラムは複式簿記のプログラム(仕分帳から元帳をつくる)を基本的にそのまま応用できるし、コンピュータを使わない場合、貸方と借方だけが記録された伝票が複写される「仕分伝票」を使うと便利なのである(ただし会計がコンピュータ化された現在、「仕分伝票」は入手困難である)。
複式簿記の基本的な仕組みは次の章で説明する。

LETSは投資概念を基礎とする

一般の会計においては、口座かマイナスになることを赤字、つまり負債と認識するのが普通である。しかし、LETSにおいては黒字も赤字も、参加者個々人に対するものではなくCommunityに対するものであり、赤字とは言わず「(Communityに対する)コミットメント」と言う場合もある。
そこで、通常利子は付かず返済期限もないLETSにおけるマイナス(赤字)を「Communityに対する負債」と考えるよりも、「Communityからモノやサービスをどのくらい投資されたかを示す指標」と考えたほうが、よりLETS本来の考えに近いと思われる。一方で商品を提供したときに受け取るプラスの通貨は、「Communityに投資したことの証明書である株式」のように考えればよい。
普通「投資」といえば貨幣によるものを指すが、この場合の「投資」はモノやサービスの提供であることに注意してほしい。